大判例

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東京高等裁判所 昭和63年(ネ)3971号 判決

1 成立に争いのない乙第六号証によれば、控訴人と被控訴人間の前記当座勘定取引契約においては、一六条一項で「手形、小切手または諸届け書類に使用された印影または署名を、届出の印鑑(または署名鑑)と相当の注意をもって照合し、相違ないものと認めて取扱いましたうえは、その手形、小切手、諸届け書類につき、偽造、変造その他の事故があっても、そのために生じた損害については、当行は責任を負いません。」と規定されていることが認められるところ、右規定は、被控訴人が控訴人に対して負う注意義務の限度について規定するとともに、本件当座勘定取引契約においては、少なくとも日常的な手形・小切手の取引は届出の印鑑(取引印)のみで行う趣旨であったと解され、被控訴人は、届出印の押捺されていない手形・小切手の支払に際しては控訴人に対し支払委託の意思を照会する義務があり、これを怠って支払をしたときは、被控訴人は債務不履行責任を負うものと解すべきであるが、被控訴人が控訴人代表者に対し支払委託の意思を照会し、控訴人代表者が、届出印と異なる印が押捺されていても控訴人が真正に作成した手形・小切手として被控訴人に対し支払を委託し、被控訴人が右委託に基づき手形・小切手の支払をしたときは、被控訴人に債務不履行責任を生ずるものではないと解するのが相当である。

2 前記の被控訴人が支払をした小切手及び約束手形がいずれも届出印鑑と異なる印鑑を使用して振出名義が作成されていることは当事者間に争いがない。

前記認定事実、前記当事者間に争いのない事実、前掲乙第一五ないし第一七号証、第一九号証、成立に争いのない乙第一八号証、第二〇号証、当審における証人山室光延の証言により成立を認める乙第二一号証、前示証人小俣敏明の証言並びに原審及び当審における証人山室光延の各証言によれば、被控訴人が昭和六一年一〇月二日から同年一二月二五日までの間に支払をした控訴人振出の手形・小切手は、訴外小俣が、いずれも呈示された手形・小切手の決済の期限ぎりぎりの時期に、被控訴人の控訴人名義の当座預金口座に必要な金額を振り込んで決済していたこと、被控訴人厚木支店の担当者は、昭和六一年一一月一七日ころ支払のため呈示された手形・小切手の振出人の印影が届出印と異なっていることに気付き、直ちに訴外小俣に照会したところ、訴外小俣から決済するように依頼を受けたので、その手形・小切手の支払をし、その後も控訴人振出の手形・小切手が呈示された毎に訴外小俣に支払委託の意思を照会し、訴外小俣の意思に基づいて支払をしたこと、その際、被控訴人は過去の手形・小切手について調べた結果、届出印と相違した印影のある手形・小切手を発見し、これについても訴外小俣に問い合わせたが、訴外小俣は、右手形・小切手の支払がされたことについて異議を述べなかったこと、昭和六二年一月二一日の支払については、同月二〇日訴外小俣に照会したところ、訴外小俣は、今回は資金を手当てができないので不渡りにするが次回は必ず決済すると述べたため被控訴人は一旦不渡返却の手続をしたが、事情を知った金塚洋が同日三六五万円を控訴人の当座預金口座に入金して同日呈示された手形・小切手を決済したことを認めることができ、他に右認定を左右する証拠はない。

3 また控訴人は、訴外小俣は手形・小切手の振出が禁止されていたものであるから、訴外小俣の前記各手形・小切手の振出行為は無権代理行為であり、この行為があったことは右偽造、変造その他の事故のうち、その他の事故に該当する旨主張するが、控訴人の代理権が制限されていたとはいえないこと、仮に制限されていたとしても、これをもって被控訴人に対抗することができないことは前記認定のとおりである。

4 右認定事実によれば、被控訴人は、振出人の印影が届出印と相違していることを発見した昭和六一年一一月一七日以後は、その都度控訴人代表者である訴外小俣に支払委託の意思を照会し、訴外小俣の委託に基づいて手形・小切手の支払をしており、それ以前の分については、訴外小俣が被控訴人がした手形・小切手の支払を黙示的に承認したものと認められ、昭和六二年一月二一日の支払については、訴外小俣は、決済資金を用意できなかったために支払委託をしなかったが、資金が振り込まれていれば、支払委託をする意思があったと推認されるから、以上によれば、被控訴人は、振出人の印影が届出印と相違していた手形・小切手の支払について控訴人に対し支払委託の意思を照会し、控訴人の意思に基づいて各手形・小切手の支払をしたものと認められる。そうすると、控訴人は、右各手形・小切手の支払について債務不履行の責任を負うことはないというべきである。

(橘 鈴木 富田)

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